道化の夢

エピローグ

 騒がしい朝を過ごしてから赤髪の少女の部屋を後にした私は、ある部屋へと向かう。
 軽いノックをして、部屋の主からの返答を聞かずにドアを開けると、そこに居るはずの部屋の主は居なかった。
「いない、か」
 部屋の奥にある仕事机と思しき場所まで歩き、その上に置かれている一冊の本を手に取り、パラパラとページを捲る。
「あいつもまだ続けてるんだな……」
 そんな風に一人ごちてその場を後にして私はある場所へと向かった。

「ここ、か」
 目の前には一軒の家が建っている。
 表札を確認する。
 そこには最守≠フ文字。
 ここはあの少年の家だ。
 夢≠ニ呼ばれていた世界に残った少年。
 チャイムの間抜けな音を聞きながら中の様子を伺うが、なんの返答もないので、中へと足を踏み入れる事にする。
 門を潜り一歩踏み出した瞬間、後悔する。
(しまった……こんな辺境の島国にまさかこれ程の結界を構築出来る人物がいるとは)
 一瞬の油断と判断ミス。
 背筋を冷たいものが流れ落ちるのを感じながら、敵≠ゥらの攻撃に備える。
「全く……こんなところに何の用なのかね?」
 その声は正面から聞こえてくる。
「あれま。何処のネズミかと思えば教団の次期頭首候補のお嬢さんじゃないか」
 その言葉に正面の玄関へと目を凝らす。
「その次期頭首様がこんな辺境の島国にある何の変哲もない我が家に何用かの?」
 その言葉に我を取り戻す。
(そうだった……少年の事を話しに来たんだったな)
「えぇ。実はこちらにお住まいの最守有理さんの事でお話が……」
 その言葉に相手が反応したのが感じ取れる。
「あの子が何か?」
「あの……これ解いて貰えません?落ち着けないもので」
「フン。その程度自分で解けるだろう?いいよ。入りな」
 そう言って玄関の気配が消える。
「あぁ……そうですか」
(正直昨日の今日でかなりキツイんだけど……まぁいいか)
 結界の力で重く、気だるい体をそのまま引きずり、招かれた家の中へと足を踏み入れる。玄関から廊下を真っ直ぐ進み居間へと辿り着くと、相手は意外そうな表情で私を迎え入れる。
 と同時に私も驚きの表情で相手を見ていただろう。
「なんだい……この程度の結界に対する防御も張れないのかい?」
「な……師匠!?まさかこんな所に潜んでおられたとは」
 私の目の前に居た人物は魔術教団史上最高峰の魔女と言われた人物で、私を含め、当時机を並べた四人の師匠だった人物だ。
 ある一件を期に教団頭首を辞め、行方不明になって現在は教団幹部連中が捜索を行い続けているらしい。
「教団次期頭首候補も大した事ないんだねぇ。これじゃあの子猫ちゃんはまだまだ楽になれないだろうねぇ」
 お茶を啜りながらそんな事を呑気に言う。子猫ちゃんというのは現教団長の事だ。
「失礼ですが私はもう頭首候補ではありません。18年前に私も教団は出ていますので」
 そう私は既に教団の人間ではない。
「おや?つい最近まで話を聞いていたんだがねぇ。あれはただの願望だったのかねぇ」
 私にもお茶を一杯入れて差し出してくれる。
「あの……今日はそんな話をする為ではなく最守有理さんの事で伺ったのですが」
 ずずず、とお茶を啜ってから彼女から切り出してくる。
「あの子はねぇ……あの子には私の我侭で辛い思いをさせてしまったかしらねぇ」
 その言葉に、私から話す事は何もなかったのだと認識する。
 今考えればそもそも彼の生まれからして普通ではないのだから。
 この土地に足を踏み入れた時点でそれに気付いて出て行くべきだったのだと認識する。
「今朝になってあの子が居なくなったと気付いた時には流石にショックだったけどね、私のこの思いよりも、あの子が背負った運命の方がずっと重く辛かったろうねぇ」
 私はただ、その話を黙って聞くしかなかった。
「で、今回の件の首謀者はやっぱり……」
「え、えぇ……恐らく」
 突然の話の転換について行けずに曖昧な答えを返してしまう。
 今回の首謀者、私が追っている人物……そして彼女の元弟子だった人物。
「私がきっちり責任を取りたいところだけれど……流石に私も歳でねぇ……」
 沈黙……そしてプレッシャー。
(そりゃ私だってあいつを追ってるし……目的もそういう事なんだけど……)
「さて、それじゃもう帰りなさい。あんたに任せるよ」
 そう言って席を立つ師匠に続き、重い腰を上げる。
「あ、そうそう。私がここに居る事はもう別に言っちゃっても構わないわよ?」
「いえ、先ほども申し上げましたが私はもう教団の人間ではないので」
「あら、そう?まぁ今でも子猫ちゃんとは連絡とってるし……別にいいんだけどねぇ」
 そう言って玄関の方へと歩いていく。
(おいおい……教団の幹部連中は結局二人に遊ばれてるだけって事か?)
 その事実に思わず頬が緩んでしまう。
「おや?どうしたんだい?」
 そんな私に疑問の眼差しを向けて師匠は首を傾げる。
「いえ、私もまだ暫くこの地に身を置く事になるので、何かしらお世話になるかもしれませんので……その時は宜しくお願いします」
 そう言って頭を下げてから私は家を後にした。
 
//了

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