二人だけの秘密

 
 ここは狭い洞窟を抜けた先にある秘密の入り江。周囲は岩に囲まれているが、天井は抜けていて、見上げれば綺麗な星空が広がっている。むろん、綺麗な星空と言ってもたかが知れているが、この場所で、この狭い空間に切り取られた星空は、私にとっては特別な空に見えるのだ。
 耳を澄ませば静かな波の音が心を落ち着かせてくれる。洞窟を形成する岩盤は、海面すれすれまで覆っているが隙間があるらしく、静かな波だけをこの入り江へと運んでいる。
 私は一人、この場所で過ごす。波の打ち寄せる砂浜に、彼の名前を書いて。
 幼い頃、彼と見つけた秘密の場所。いつからか彼はこの場所に訪れる事はなくなったが、私は高校生になった今でも時々この場所を訪れる。
 嫌な事、忘れたい事があると私はこの場所に来て今しているように砂浜にその出来事を綴る。そしてそれを打ち寄せる波が飲み込んで、浚っていくのを見守るのだ。そうする事でその嫌な思い出を綺麗さっぱり忘れる事ができるのだ。いつからかそれが私のやり方になっていた。
「なんで……なんで消えてくれないのよ……」
 砂浜に書いた彼の名前は、何故か波に飲まれる事なく見守る私を苦しめる。
 その名前、吉永義弘という私が書いた字がいつ流されるのかと見ている間に、私は先ほどの事をまた思い出している。
 彼とはいわゆる幼なじみで、ずっと一緒に過ごしてきた。この場所だって二人で見つけて、彼の提案で他人に見つからないように入り口を偽装したりしていた。
 そんな彼とも成長するにつれて距離間は次第に遠ざかっていた。無論、仲が悪くなった、という訳ではない。成長に伴い、お互いに気恥ずかしさというものがあったのだろう。学校は常に同じでも、クラスが違ったりすれば自然と距離は離れるもので、なにも不自然な事ではない。
 家族ぐるみでの旅行やレジャーなどの付き合いは続いていたし、何かあればお互い話をするぐらいの関係。
 でも私は昔から変わることの無い感情を持ち続けていた。そう、恋心というやつだ。
 何かきっかけがあれば私は彼にこの思いを伝えていたのだろう。そうすれば今の状況は変わらないとしても、この気持ちの整理はついていて、こんな気持ちにはならなかったに違いない。
 そんな彼に、先程帰宅した私は驚きの事実を伝えられた。
 帰宅したら彼がいた、それだけで私は気が動転して混乱していたというのに、あろう事か私の妹、水原百合と付き合う事になったのだなどと宣言されてしまったのでは、もうそのまま飛び出して考える事無くこの場に逃げ込む以外の選択肢はなかったのだ。
 砂浜の文字は未だに波に浚われる事無くそこにあった。
 何分経過したのだろうか、気付けば背後に人の気配を感じて私は立ち上がった。

戻る               次へ

TOPへ

 

inserted by FC2 system